メニューの開閉

ピックアップ

卒業生インタビュー ~アスリート~ 富山英明さん

諦めたら終わり、自分を信じろ

本学在学中の1978年からレスリングの全日本選手権で7連覇、世界選手権では2連覇した富山英明さん(66歳、1980年文理卒)。80年にはモスクワ五輪の日本代表に選出されるも、日本がボイコットしたため出場できなかった。しかし、4年後のロサンゼルス五輪では男子フリースタイル57㌔級で金メダルを獲得。自身の夢を喰らい続けた富山さんにレスリング人生を聞いた。(取材・写真=小泉真太郎)

レスリングとの出会い

中学生の頃は柔道をやっていました。生まれながらに体が小さく、必死に練習するも勝てない日々が続きました。そんな中、道場で練習中に先生から「レスリングをやってみないか」と声をかけられたのが始まりです。

当時はレスリングの存在を知りませんでした。誘われて出場した初めての大会。

右も左も分からず、向かってくる相手をひたすらに持ち上げ、投げ飛ばしました。気が付くとまさかの優勝。生まれて初めて「1番」になった瞬間でした。

基礎を作った高校時代

その大会で審判をしていた土浦日大高のレスリング部顧問の先生の目にとまり特待生として入学。寮生活がスタートしました。

早朝から練習して、ご飯も自分たちでつくる。時には先輩からひどい仕打ちを受けたこともありました。

月に1、2回ほど帰省できるのですが、当初は帰った途端に涙が止まりませんでした。

そんな過酷な日々を耐えたからか夏休みを過ぎた頃から着々と体力も向上。高校時代は私のレスリング人生の基礎を作ってくれました。

「勝ち」に固執し「負け」る

その後、顧問の先生が本学出身ということもあり、本学に入学。入学式に出席した際に、規模の大きさに圧倒され不安もありました。1年生の頃は、高校よりも階級を上げることに専念。体づくりにとても苦労しました。

そんな中、一つ上の先輩が五輪に出場したのです。もう雲の上の存在に。しかし、同じ屋根の下で同じご飯を食べている―。そう思った瞬間、「自分も五輪に行ける」と確信しました。

本学入学後は3年生で全日本選手権を制覇。4年生ではキャプテンを務めました。

当時はコーチや監督が練習を見に来ることはほとんどなく、私が仕切って練習を行っていました。当時は日本体育大学が強く、部員数も多かったので、部員数の少ない本学は練習時間を増やし内容もハードに変えました。

すると、辞めてしまう部員が続出。振り返ってみると「勝ち」に固執しすぎていたのかもしれません。

「勝ち」に固執し出場した4年生の東日本学生リーグ戦決勝の相手はその日体大。

私は幼なじみと対戦しました。いつもは相手を殺すぐらいの気持ちで戦っていますが、その時は情が移り集中できずに敗退。団体としても2位に終わりました。

ここから日体大は18連覇を達成。キャプテンとして、あの時に「負け」た責任を18年間感じ続けました。

その後本学レスリング部の監督に就任。雪辱を果たしました。五輪で優勝したときのようにうれしく、涙が止まりませんでした。

人生のどん底を味わう

大学卒業後、モスクワ五輪日本代表に選ばれたものの、日本がボイコット。開会式を高校時代の恩師とサウナのテレビで見たことを鮮明に覚えています。「五輪に縁がないのか…」。この恨みをどこにぶつければいいのかも分からずに、ただただ悔しかった。練習する気も起きずに一人で飲み歩いたことも。

練習を再開すると今度は頸椎(けいつい)を痛めてしまい、握力が44㌔から20㌔まで弱まってしまいました。ゴールが見えない暗いトンネルをさまよっている―。まさに人生のどん底でした。

それでも、開会式を見ていた時の悲しい恩師の顔が頭をよぎり、奮起しました。

ロス五輪で悲願の「金」

「最大の敵は自分自身」。どんなに疲れたと感じても道場に入り、靴ひもを締めた瞬間にスイッチが入る。

同じことを繰り返すも今日が最後との気持ちで取り組みました。そんな日々の積み重ねでロサンゼルス五輪の切符をつかみました。
そして、悲願の金メダル。試合終了後、「うれしい」という気持ちと「もう戦わなくていい」という解放感からマットに大の字で寝ころびました。幸せを体全身で浴びました。

金メダルを手にした夜は本当に実現したのだろうかと、何度も金メダルを眺めてしまい眠れませんでした。

夢中になるものを探す

夢をかなえるためには、「諦めないで自分を信じる」しかないと思います。

周りからどう思われようと、自分が信じなければ行動も始まりません。

諦めたら終わり―。「何とかなる」という気持ちを持って諦めずに常に前向きに行動してほしいのです。

大学に入学するのが人生の最終目的ではありません。大学にはさまざまな先生や学生がいます。いろんな出会いを大切にしてほしい。そして、講義以外のところも大切にしながら、自分が無我夢中に取り組めるものを貪欲に探してほしいです。

とみやま ひであき 1957年茨城県生まれ。80年本学文理学部体育学科卒。本学レスリング部監督を24年間務めた。2021年から日本レスリング協会会長、23年より本学生物資源科学部特任教授。自叙伝『夢を喰う』のドキュメンタリー映画が7月に都内独占公開。

合わせて読みたい

ピックアップ

【N-Leaders】相川佳之さん ―SBCメディカルグループホールディングスCEO

出身大学別の社長数で長年トップを誇る本学。そこで、各業界でリーダーとして活躍する本学卒業生たちの生きざまに迫る企画「N-Leaders」を連載していく。第1回目は医学部を卒業したSBCメディカルグループホールディングスCEOの相川佳之さん。人生の転機となった学生時代、大切にしている考え、そして世界一の医療機関への夢について話を聞いた。

  • ピックアップ
  • テニス
  • 医学部
  • 卒業生

ピックアップ

―歯― 父島で診療を実施

複数診療科から歯科医派遣  最初に派遣された渡辺典久助教(中央)(提供=小笠原村医療課長 鶴田典之さん)  本学歯学部付属歯科病院は今年度から、東京都小笠原村の父島への歯科医師派遣事業を開始した。同村からの要請を東京都を […]

  • ピックアップ
  • 歯学部

ピックアップ

重量挙げ全日本学生個人 本学勢8人が表彰台に上る

4階級で頂点に       クリーン&ジャークで143㌔を上げる上坂                三度目の正直で栄光を手にした山口      男子94㌔級を制した浪越                    ジャーク1本 […]

  • ピックアップ
  • 重量挙げ

ピックアップ

校友会U―40NEXT LOUNGE  世代超えて交流

  • 校友会

ピックアップ

アメリカンフットボール 3年ぶり「赤青」対決

攻守で健闘するも力及ばず 3年ぶりに開催した伝統の「赤青」対決  アメリカンフットボールの本学有志の会と関学大ファイターズの春季交流戦が5月3日に大阪府吹田市のMKタクシーフィールドエキスポで行われ、本学は3―20で敗れ […]

  • ピックアップ
  • アメフト

ピックアップ

自転車・東日本学生 山下が堂々の優勝

男子スプリントで表彰台独占 男子スプリント決勝で松岡を追走する山下(左)  自転車の東日本学生選手権トラックが5月9、10日に長野県のスカイロードサイクリングスタジアム松本で行われ、本学勢は山下翔太郎(文理3=石川・内灘 […]

  • ピックアップ
  • 自転車