卓上の書籍~春のはじめの一歩~ 博士の愛した数式
「義弟は、あなたを覚えることは一生できません。
けれど私のことは、一生忘れません」
人生の中で転機になるような本を見つけられたら―。そんな思いで始める新企画「卓上の書籍」。本学図書館の蔵書の中から、司書や学生が毎回テーマに合わせて本を紹介する。いつでも読み返すことができるよう、手元に置きたくなるような珠玉の本をここで見つけてほしい。
今月のテーマは「春のはじめの一歩」。春風に背中を押されるような本に出合える予感を胸に、経済学部図書館分館の野瀬公博事務課員に話を聞いた。
『博士の愛した数式』 小川洋子 著(新潮社、税込693円(文庫本)) 経済学部3号館5階展示 分類番号913.6/図書記号O24
新たな視点持てた一冊
私は文系で、理数系には関わりが無かったのですが、読みやすく「はじめの一歩」として、他の分野に興味を抱くには良い作品だと思い、この本を選びました。
物語の主人公は、博士の家に勤める家政婦。実は博士の記憶は80分ごとで消えてしまうのです。そんな数学者の博士が語る数字の美しさから、今まで気づかなかった話が展開されていきます。本文には数式がいくつも出てくるのですが、博士が語る数字の美しさには腑に落ちるものがありました。だから、数式がわからなくても違和感なく読み進められます。そこから数式の意味について調べてみるのも新たな分野に興味を持つきっかけになります。
物語終盤で、博士の義姉が主人公に対し「義弟は、あなたを覚えることは一生できません。けれど私のことは、一生忘れません」と語りかけます。この言葉だけを抜き出すと、かなり辛辣(しんらつ)に聞こるかもしれません。しかし、物語を辿ってきた後ならば、表現する事の大切さを、このせりふの言葉で感じ取れます。この物語のキーセンテンスの一つでもあると思うので、とても印象に残っています。
私は文系としてこの本を読みましたが、数式を理解できる理系の方が読むと、私とは異なる見方ができるでしょう。また、学生のうちに読んだ本を大人になって読み直してみると感想が違ってくる。本をいつ読むのか。それは読書をする上で意外に重要な事柄なのかもしれません。
どんな本でも、自分の世界を広げる良いきっかけになります。忙しい学生生活の中で必要最低限の情報しか集めていないと視点が一つに偏り、物事を客観的に見られなくなってしまうことがあるでしょう。最近の大学図書館には専門書だけではなく、さまざまな本を取りそろえているので、ぜひご活用ください。
あらすじ
「ぼくの記憶は80分しかもたない」。博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた。記憶力を失った博士にとって、私は常に「新しい」家政婦。博士は「初対面」の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳になる息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと喜びに満ちたものに変わっていく。あまりに悲しく温かい、奇跡の愛の物語。2004年第1回本屋大賞を受賞し、映画化や舞台化もされた。
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