総合ニュース  2014年07月22日 18:04

■本社主催日大文芸賞 節目の30回迎える 作家誕生を目指し 応募作品数3300編以上

 本社が1983年に文化事業の一環として創設した「日大文芸賞」がことしで30回を迎えた。

 83年6月号の本紙第1面に社告を掲載し「文壇に新風を吹き込む新人作家の誕生を期待する」と高らかに告知。以来、寄せられた作品は累計3300編を超え、受賞者は大賞の28人を含め114人を数える。第22回(2006年)の佳作受賞者飯塚朝美さんが第40回新潮新人賞(08年)を受賞するなど、受賞後も作家を目指して創作を続ける人は少なくない。
 第1回は芸術、理工など10学部から81編が集まり、当時の芸術学部教授の進藤純孝氏(故人)、文理学部助教授の曽根博義氏、作家の吉村昭氏(故人)が審査。文理学部中国文学科2年の鈴木敦さんの小説「北辰の話」が選ばれた。星を手に入れようとする青年の物語を中国の説話風に描き、素直な文体が評価された。第2回は応募が一挙に増え200編を超えたが、大賞はなく優秀賞2編、佳作3編にとどまった。該当作なしはこの回と第5回のみ。
 日大文芸賞について「大学が設ける賞として存在意義は大きい」とするのは、第2回から第24回まで選考委員を務めた、作家で元芸術学部教授の尾高修也氏(77歳)。自ら選考に当たった賞の変遷を3期に分けて振り返った。第1~7回は「いろんな学部の在校生、教職員、OBらが応募し何が出てくるか分からない面白さがあった」時期。作家の黒井千次氏が選考委員に加わった第7回以降(第27回まで)の第2期は「本気で大賞を狙う文芸学科の学生らの応募が増えた。全体のレベルが一気に上がった」という。第14~20回は女性の受賞者が激増、連続して大賞を受賞した。特に第17、19回は女性が賞を独占。「女性ならではの鋭いセンスが反映した作品が増えた時期」と総括する。
 「文壇に新風をもたらす新人作家」の輩出という目標について尾高氏は「まだ達成されていない」とした上で、日大文芸賞が上限50枚(400字詰め原稿用紙換算)という短編の文学賞である「宿命」だと指摘。主要な文学賞はいずれも数百枚の長編執筆力が求められる。外の世界に飛び立つには、どうしても超えなければならない壁とも言える。尾高氏は「受賞者の基本的な技量は、われわれの駆け出しのころを上回っている。とにかく情熱をもって書き続けることが大事。書き手を励ます場として日大文芸賞は存在し続けてほしい」と結んだ。

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          自宅で30回を回想する尾高氏

 尾高修也氏 1937年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。72年「危うい歳月」で文藝賞(河出書房)。74年から2007年まで本学芸術学部で教壇に立つ。

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