総合ニュース  2008年12月17日 19:02

■古橋氏に文化勲章 スポーツ競技者として初

 本学名誉教授で日本水泳連盟名誉会長の古橋広之進氏(80歳、1951年法文?現、法?卒)が文化勲章を受章した。競泳の自由形で30以上の世界記録を樹立し敗戦直後の日本人に希望を与えるなど、スポーツ界への長年の貢献が顕彰された。スポーツ競技者の受章は初で、来年創立120周年を迎える本学の歴史に新たな一ページが刻まれた。古橋氏は「日大の一つの宣伝になれば」と受賞の喜びを語った。天皇陛下による親授式は11月3日、皇居で行われた。本学は古橋夫妻を招いて「受賞を祝う会」を12月16日、日本大学会館大講堂で開く。

 文化勲章が1937(昭和12)年に制定されてからの受賞者は346人。今回は古橋氏のほか、小説家の田辺聖子氏(80)、指揮者の小沢征爾氏(73)、ノーベル物理学賞を受賞した小林誠氏(64)ら8人に贈られた。
 古橋氏は28年に静岡県浜松市に生まれ、小学校4年生から浜名湖で水泳を始めた。小学校6年生には学童新記録を出し「豆魚雷」と呼ばれ、頭角を現す。本学には45年に入学。本格的に競泳を始めたのは敗戦後だった。46年、明治と立命館との3大学合同の水泳大会に出場し、四百メートル自由形で優勝。同年、兵庫県宝塚市で行われた第1回国民体育大会でも同種目で優勝した。当時は物資が不足していたため、その日の食料も十分ではなく、泥水を張った防火用水プールで練習していたという。
 47年の日本選手権では四百メートル自由形を世界新記録となる4分38秒4の泳ぎで優勝。東京都の神宮プール(現、フットサル千駄ケ谷コート)には世界記録更新の瞬間を一目見ようと、約1万2千人が詰め掛けた。
 敗戦国の日本は48年のロンドン五輪への参加が認められなかった。しかし、五輪の日程に合わせて開催された日本選手権で、古橋氏はロンドン五輪金メダリストの記録を上回るタイムを連発、敗戦で打ちひしがれていた国民は留飲を下げた。
 翌年、日本は国際水泳連盟への復帰が認められ、米ロサンゼルスで行われた全米選手権に招待された。ここでも古橋氏は四百メートル、八百メートル、千五百メートルの自由形、八百メートルリレーで世界新記録を樹立。米国各紙は日本の競泳陣の活躍をトップで伝え「フジヤマのトビウオ」と古橋氏を絶賛した。
 66年からは文理学部体育学科の水泳担当教員として学生の指導に当たった。一方で日本水泳連盟会長や日本オリンピック委員会(JOC)の会長を務め、日本での多くの国際大会の開催に尽力するなどスポーツ界の発展に貢献した。
 古橋氏は受章後「スポーツの社会的評価を高めたいと思ってやってきた。目標を持って、自分で道を切り開いていくことが大切」と、これまで貫いてきた信念を語った。

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