総合ニュース  2008年12月06日 14:32

■古橋氏水泳人生語る ふんどしで猛練習

文化勲章を受章した古橋氏に現役時代の思い出などを聞いた。

 ―敗戦直後の練習は。 
 東京の世田谷にある日本学園中学で練習をしていました。今どきのプールのようにきれいなものではなく、ふんどしを借りて、とにかく泳ぎました。
 ―1947年に日本選手権に出場されて。
 試合会場の、当時占領軍の米国が管轄していた神宮プールでは、ふんどしは許されません。スフ(人絹)のパンツをはくからと頼み、了承を得ました。外国人に勝てる競技がなかった当時、泳げば世界記録が出た競泳は大変な人気だった。しかし外国人と泳ぐことは許されず、記録を出しても公式には認められませんでした。
 ―国際水連復帰後の全米選手権のエピソードを。
 日本人選手が圧倒的に強く、4種目で世界記録を出しました。日本を指す言葉も(軽べつを込めた)“ジャップ”から“ジャパン”に変わりました。ロサンゼルス市長からは「メーンストリートを歩いてくれ」と頼まれ、日の丸をつけて歩きました。当時着ていた水着は今でもロサンゼルスの記念館にあるそうです。
 ―今の水泳界に思うことは。
 水泳の人気を維持するために国際大会をいくつも日本で開催してきましたが、良い選手を育成しなければ水泳の未来はありません。良い指導者とカリスマ性のある選手が出てきてほしいです。
 ―学生に一言お願いします。 スポーツだけでなく、いろんな分野で活躍する人が出てきてほしい。良いも悪いもごっちゃになっていろんな学生がいるからこそ、切磋琢磨(せっさたくま)して高め合える。学生がその気にならなきゃね。

広之進.JPG

インタビューに応じる古橋氏

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