おくやみ  2008年10月25日 16:43

■山岳カメラマン中村進さん逝く 日本人で初、北極点到達 自然と向き合い、自然を愛した

1978年、日本人で初めて北極点に到達、その後も映像を通し、世界の高峰・極地の魅力を伝え続けたテレビカメラマン中村進さんが10月1日、ヒマラヤ山系のクーラカンリ峰(中国チベット自治区、標高7538メートル)に登山中、雪崩に巻き込まれ死亡した。62歳だった。
 

前橋市出身の中村さんは、68年本学経済学部産業経営学科を卒業後、芸術学部写真学科に入学し76年に卒業。経済学部在籍中保健体育審議会の山岳部に所属していた。
 大学卒業後は、フリーカメラマンとして番組制作に携わり、北極や南極など秘境の取材に取り組み続けた。80年の世界最高峰チョモランマ登山の際は、頂上手前100メートル地点まで迫っていたにもかかわらず、酸素不足による体力の限界を感じ、引き返すことを決断。高峰の驚異を知り尽くしていた。その後もドキュメンタリー番組の制作にかかわり、8年後には見事チョモランマ登頂と撮影を達成。世界最高峰のパノラマを世界で初めてテレビ生中継した。当時、一緒に取材した日本テレビの情報エンターテインメント局チーフディレクターの千野克彦さん(45歳)は「冷静沈着、用意周到。決して自然に対しておごることがなかった人」と振り返る。94年にクロスカントリースキーで南極点に到達。日本人で初めて、北極点、チョモランマ山頂、南極点の3極点を極めた。
 2006年からはテレビの仕事を離れ、群馬県の赤城山に「山の塾 中村ネイチャーハウス」を開設。一般の人向けにキャンプなどを通じて自然の基礎知識を教えていた。07年の群馬県広報課の取材に対して中村さんは「体全体で自然を感じ、人間もその一部なんだということに気付くことが大切だ」と話した。自然に真摯(しんし)に向き合い、何より自然を愛した人だった。
 今回の登山はクーラカンリ縦走を目指しており、出発前の9月14日、中村さんは「若い人たちのチャレンジだから、ぜひ映像で伝えたい」と意気込んでいたという。遺骨は10月9日に日本へ戻った。
 本学山岳部OBで1978年に中村さんとともに北極点到達に成功した池田錦重さん(61年工卒、69歳)は「自分にとってはかわいい後輩。寡黙だが何でも器用にこなせるやつだった」とその死を惜しんだ。

山崎絢子

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