校友・付属校ニュース  2008年07月25日 18:59

■オリンピックおじさん 44年の応援人生

五輪は笑顔で交流する場

五輪が開催されるたびに、羽織はかま姿で扇子や日の丸を持って応援席に現れる日本人男性を覚えている人も多いはずだ。「オリンピックおじさん」として知られる実業家、山田直稔さん(82)は実は、本学工学部出身。1964年の東京五輪以来、すべての夏季五輪を現地で応援し続けている。もちろん北京でも、声の限りに応援する。


 試合会場に行くと周りの観客に日の丸や開催国の国旗などの小旗を配って回る。外国人には「ジャパニーズ・ハッピー・コイン」と言って五円玉を配ったり「ありがとう」を30カ国語で書いたチラシを配って見ず知らずの人と打ち解ける。
 渡航費などに費やしたお金は優に1億円を超える。「お金を稼ぐよりも、どう使うのかに頭を使う」。応援で使うお金には糸目をつけない。根っこに世界平和を願う気持ちがあるからだ。「五輪は金もうけのイベントじゃない。人々の笑顔の交流の場だ」という信念は揺るがない。日本がボイコットした80年のモスクワ五輪も観戦した。日本人が寄せ書きした五輪旗とソ連国旗を手に旗を振り続けた。
 「44年間も五輪に行って応援し続ける人なんか世界中探してもいない。おれぐらいばかじゃないとできないぞ、グハハハハ」。五輪のたびにテレビに映るはかま姿がひときわ目立ち、すっかり五輪の顔になった。東京五輪は、一観客として観戦した。転機となったのは68年のメキシコ五輪。陸上の男子五千メートルの競技中、山田さんはメキシコ人選手を日本人選手と間違えて応援。勘違いに気付いた後も、つい勢いで「メヒコ、ラン!」と声援を送り続けた。それを見たメキシコ人の観客が日本人を応援し始め、応援の輪が広がっていったという。国籍に関係なく周りの観客を巻き込んで応援するスタイルはこのときに生まれた。五輪を控え、連日取材を受ける日々。5月には中国の国営テレビ局の五輪特別番組に出演した。とても82歳とは思えないほど元気で若々しい。
 「人の幸せは、人を喜ばせた数で変わる」。五輪で撮った写真に写っている人は国籍にかかわりなく皆笑顔だ。「応援していると、五輪は一人の小さな力を何倍にも大きくするんだと実感する。北京でも多くの人を喜ばせるような応援をしたい」と意気込む。「北京で引退」と報じた新聞もあったが「そんなことはどうでもいい」と笑い飛ばした。最後になるかもしれない北京で筋金入りの応援を見せる。

オリンピックおじさん.JPG
山田直稔さん


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