写真ニュース  2008年05月29日 20:57

■いざ北京!! 競泳第84回日本選手権 現役、校友7人が五輪へ 

 競泳の第84回日本選手権兼五輪代表選考会が4月15日から20日まで東京辰巳国際水泳場で行われ、本学勢は佐藤久佳(文理4=東京・付属豊山高)、上田春佳(経済2・東京SC=東京・武蔵野高)の現役生、校友計7人が北京五輪への切符を手にした。
文・写真=小池裕太

 佐藤は男子四百メートルメドレーリレーでの出場を決めた。同五十メートル自由形で3位、二百メートル自由形で準決勝敗退の後、百メートル自由形を49秒70で優勝したが派遣標準記録に届かず、個人種目での出場を逃した。
 上田も女子百メートル自由形は55秒60、同二百メートルは1分59秒09で優勝したが、派遣標準記録には届かず、個人種目の出場は逃した。上田は八百メートルリレーと四百メートルメドレーリレーに出場する。
 校友では森田智巳(2007年経済卒=セントラルスポーツ)が男子百メートル背泳ぎ、同四百メートルメドレーリレーで2度目の五輪に挑む。柴田隆一(06年文理卒=チームアリーナ)は同二百メートルバタフライで五輪出場を決めた。伊藤華英(07年経済卒=セントラルスポーツ)は女子百メートル背泳ぎを日本新記録で優勝、同二百メートル背泳ぎでも2位となり、四百メートルメドレーリレーを含む3種目で五輪出場を決めた。また、男子二百メートル自由形で松本尚人(同年文理卒=FREESTYLE)が3位、物延靖記(08年経済卒=セントラルスポーツ)が4位に入り、同八百メートルリレーで五輪出場が決まった。

 佐藤久佳 男子四百メートルメドレーリレー 
 水泳人生懸ける
 ○…「先輩たちに連れていってもらうようなもの」。レース後、うれしさよりも悔しさをにじませた。
 昨年4月の日本選手権で自身が持つ日本記録を更新、その年の世界競泳でさらに0秒10更新。そして2週間後の日本学生選手権(インカレ)ではアジアで初めて49秒の壁を破り、48秒91の新記録をたたき出した。佐藤は波に乗っていた。
 男子百メートル自由形で五輪に出場するためには日本選手権で日本水泳連盟が定めた派遣標準記録の48秒88を切ることが最低条件だった。日本人が同百メートル自由形で五輪決勝に残ったのは1956年のメルボルン五輪の谷?(あつし)氏が最後。約半世紀ぶりの快挙に向け周囲の期待は大きかった。佐藤自身も「世界の背中が見えた。あと0秒03」と北京五輪に照準を合わせていた。
 しかし3日目の同二百メートル自由形でまさかの準決勝敗退。4日目の同五十メートル自由形は3位に終わったが自己ベストの22秒80を記録。「調子は上がっている。百メートルにつながる泳ぎができた」
 百メートル自由形の決勝では大歓声の中、落ち着いた表情で入場した。場内アナウンス、観客の視線、テレビカメラまで佐藤にくぎ付けだった。
 スタートの電子音とともに勢いよく飛び出すと、序盤から頭一つリード。50メートルを23秒76のトップで折り返した。しかし残り25メートルのところで失速。得意の大きなストロークを生かし切れない。タイムは49秒70。トップでのゴールにも笑顔はなかった。「アップの時点では今までで一番良い状態だった。記録を狙い過ぎて力んでしまった」
 それでも百メートル自由形で優勝したことで四百メートルメドレーリレーの自由形泳者として五輪出場が決まった。「本番には結果を残したい。水泳人生を懸ける」


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男子百メートル自由形で優勝したが個人種目での出場はならなかった

上田春佳 女子八百メートルリレー四百メートルメドレーリレー
自分が引っ張る
 ○…頭角を現したのは高校1年生のときだった。2004年に行われたジュニア五輪の女子二百メートル自由形で自己ベストの大会新記録で優勝。期待の新人として注目を集めた。
 しかし同大会以降、日本新記録どころか自己ベストからも遠のき、低迷が続いた。本学入学後、初のインカレの二百メートル自由形で8位。上田を指導していた東京SCの平井伯昌コーチは「200メートルの後半でフォームが崩れやすくなっている。右手を大きくかいてストロークを持続させろ」と活を入れたが、体は思うようについてこなかった。
 ところが今年2月に行われた東京都選手権で自己ベストを1秒以上も更新、大会新記録で優勝した。続く日本短水路選手権でも優勝し日本選手権に弾みをつけた。「どうしても北京に行きたくて…」。五輪への思いが上田を強く速くさせた。
 今大会、同二百メートル自由形決勝では上戸彩の「GET FIGHT」を聴きながら入場し気持ちを高ぶらせた。コースに着くと筋肉をこわばらせ、スタート台に立った。飛び出しは0秒92と他の選手よりも遅れたが、レース前半にはトップスピードに乗った。100メートル地点を57秒56の1位で折り返すと、後半は怒涛(どとう)の泳ぎで2位に0秒86差を付け優勝した。
 今大会で八百メートルリレーと四百メートルメドレーリレーで念願の代表権を獲得。「アテネ五輪金メダリスト柴田亜衣さん(チームアリーナ)がいない今回は、自分がリレーのチームを引っ張っていく」と力強く語った。


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柴田隆一 男子二百メートルバタフライ
 ○…今年の最激戦区といわれた男子二百メートルバタフライ。アテネ五輪銀メダリストの山本貴司(近大職員)や、同四百メートル自由形で五輪への切符を手にし、今大会絶好調の松田丈志(ミズノ)を下したのは、前半を抑え後半のラストスパートに懸けた柴田だった。初の五輪出場に「自分と同じころにプールに入った仲間はみんな競泳をやめ就職している。その人たちの応援に応える」。仲間の声援を胸に北京でメダルを狙う。

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森田智己 男子百メートル背泳ぎ四百メートルメドレーリレー
 ○…本学競泳勢の中でただ一人アテネ五輪を経験した背泳ぎのスペシャリスト。アテネでは男子百メートル背泳ぎ、同四百メートルメドレーリレーで銅メダルに輝いた。レースは前半、3位で折り返すと後半に粘り強い泳ぎで逆転。自身の日本記録には届かなかったが五輪出場を決めた。
 「水泳をやめようと何度も思った。けれど日本代表にはおれしかいないと自分の力を信じてやってきた」。本学勢で最もメダルに近い男だ。


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伊藤華英 女子百メートル、二百メートル背泳ぎ四百メートルメドレーリレー
 ○…「五輪の舞台にどうしても立ちたかった」。伊藤は4年前のアテネ五輪への切符をわずかな差で逃していた。「今年も同じことを繰り返すならば死のう」とまで思い詰めていた。終わってみれば女子百メートル背泳ぎはライバル中村礼子(東京SC)を下し、しかも日本新で優勝。同二百メートル背泳ぎ、四百メートルメドレーリレーでも五輪出場を決めた。伊藤は言う。「今度こそ世界一を狙いたい」

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松本尚人(左)・物延靖記(右) 男子八百メートルリレー
 ○…松本と物延は2005年のインカレの際の3年生と2年生。この2人にルーキー佐藤が加わり12年ぶりの総合優勝が実現した。卒業後も競泳を続け、松本は「このレースに絞っていた。正直、4月まで競技を続けていけるか不安だった。練習環境を与えてくれている日大に感謝している」と話す。物延は「レース前に松本さんと絶対に2人で五輪に行くと約束した。小さいころからの夢だったので、五輪で必ず結果を残す」と決意は固い。北京での活躍に期待だ。

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