連載・コーナー  2008年05月29日 17:17

■時間の人 早田 卓次教授

 逆立ちをするのが大好きな少年だった。漁師の父親とともに魚網を引いているうちに体が鍛えられた。本学卒業後に東京五輪の体操のつり輪で金メダルを獲得。体操競技に携わった54年間を通して「努力は裏切らない」ことを学んだ。現役を引退してからは日本オリンピック委員会(JOC)の理事として、選手のサポートをしている。4月には北京五輪の聖火リレーの走者に選ばれ長野市内を走った。

 幼いころからとにかく身軽だった。和歌山県田辺市で生まれ、漁港として有名な海の浜辺で走り回って遊んでいた。小学生のころから平行棒のような遊具の上で逆立ちができる活発な少年で、中学校に入学すると迷わず体操部に入部した。「ほかのスポーツには全く興味がなかった」
 高校3年生のときに国民体育大会で準優勝し、本学にはスポーツ推薦で入学した。大学1年生のときにアキレスけんを断裂。「初めての大けがでショックだった。体操をやめようとさえ思った」。半年後、けがが完治し、必死で練習に励む仲間を見て「負けていられない」と闘志がわいてきた。「けがを乗り越えたことで強い精神力が身に付きました」と振り返る。平行棒、鉄棒を中心に練習をしていたが、上半身のみを使うつり輪に転向。遅れを取り戻すため、練習が終わっても居残り、人一倍練習した。大学4年生のときに全日本学生選手権で優勝した。
 大学卒業後、文理学部で教員として働きながら競技を続け、24歳で東京五輪に出場。団体優勝に貢献し、つり輪では日本人初となる金メダルを獲得した。その後もメキシコ五輪や世界選手権で活躍した。
 31歳で選手を引退してからはJOCの理事に就任し、アテネ五輪では現地で選手のサポートをした。聖火リレーには「JOCの一員として選ばれた」と話す。同学部教授として学生に体育を教え、体操部の部長も務めている。 (柴)

1940年10月10日、和歌山県生まれ。63年文理卒。89年から現職。67歳。趣味はドライブと温泉旅行。

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