スポーツニュース  2005年11月21日 13:53

■第37回全日本大学駅伝 14年ぶり日本一

 駅伝の第37回全日本大学対校選手権は11月6日、愛知・熱田神宮~三重・伊勢神宮間全8区間106・8キロに25校が出場して行われ、本学が5時間18分34秒で14年ぶり2度目の優勝を果たした。

 2区のディラング・サイモン(国際関係2=ケニア・ガル高)が37分46秒で区間新記録の走りを見せたほか、7区の阿久津尚二(文理2=栃木・佐野日大高)も35分28秒で区間賞を獲得した。

 本学は32年ぶりの箱根制覇を目指す。文・写真=大内 祐太

「あと二つ」の合言葉で

 レースは1区の福井誠(商3=千葉・市立船橋高)がトップの第一工大と56秒差の6位につけると、2区のサイモンが前半から飛ばし、前を行くランナーを次々にとらえる。6・5キロ地点で第一工大の吉井賢(4)をかわし、5人抜きでトップに立った。

 3区では3大駅伝初出場の秀島隼人(同3=埼玉栄高)が区間賞と2秒差の区間2位、6区吉岡玲(商4=北海道・室蘭大谷高)も区間2位の走りで首位をキープ。7区では6区終了時点で59秒差だった2位との差を、阿久津が区間賞を獲得する快走で1分50秒まで広げた。

 アンカー8区の下重正樹(文理4=栃木・佐野日大高)も区間3位で先頭を維持、2位の中大に2分14秒の大差をつけてゴール。序盤で先頭に立ち、2区以降の全員が区間5位以内の走りを続けた本学が、つなぎの駅伝で14年ぶりに駅伝日本一の座に就いた。


敗戦直後に合宿を敢行

 ○…レース途中から断続的に降る雨は、ゴール直前に土砂降りになった。その豪雨の中、アンカーの下重は空に人さし指を掲げたあと、雨を切り裂くように握り拳を振り上げゴールテープを切った。14年ぶり優勝の喜びに加え、惨敗に終わった出雲駅伝の屈辱を晴らした気持ちを爆発させた。

 今年の夏合宿は、箱根対策として昨年よりも長距離の練習量を増やした。だが結果として、短距離練習に時間を割けぬまま出雲駅伝を迎え、1区間が平均約7キロのスピード競走に対応できず5位に終わった。レース後「出雲は勝って当たり前」という過信が、選手にも監督にもあったことを確認した。

 そこで、大会直後の週末に千葉・館山で2泊3日の合宿を敢行した。武者由幸主将(文理4=福島・田村高)は「全日本で勝負を賭けなければ箱根ではつらい。日大の強さを見せつけたい気持ちがあった」と合宿当時を振り返る。

 全日本は8区間中7区間が10キロ以上。25キロ走など長距離練習で体をいじめ抜き、気持ちを入れ替えた。「出雲は負けたが、あと二つを取ろう」。出雲敗北の悔しさを全日本優勝を目指す気持ちへ切り替え、力を出し切った。

  「あと二つ」のうち、伊勢路は制覇した。もう一つ、箱根駅伝に向けて過信は禁物だ。今年1月の箱根駅伝は選手層が薄く、けがをした選手を補えなかった。今は「チーム全体が力を付けた。出場したメンバーの何人かを補欠と入れ替えても勝てたのではないか」と武者主将が豪語するほど、チームの選手層は厚い。7区で区間賞の阿久津を起用するかどうか、前日まで小川聡駅伝監督が悩んだというエピソードが、武者主将の言葉を裏付けている。

 しかし、箱根は全10区間中9区間が20キロ以上あり、途中に箱根の山がある。過去2大会とは別物と考えなければならず、他大学の動向も警戒しなければならない。

 小川監督は大会後「今日は喜ぶが、明日から引き締め直す」と話した。全日本優勝を自信にして一人で20キロを走れる力を選手が付ければ、32年ぶりの箱根路制覇は現実味を帯びてくる。


サイモン区間新 腰痛抱えるも快走

 出雲駅伝では周囲の期待に反する走りをしたサイモン。大会後、静岡・三島にいるコーチに出雲での走りについてしかられた。そのサイモンに小川監督は「委縮してしまうから」あえて怒らなかった。日に日にナーバスになり、ちょっとしたけがで弱音を吐くサイモンに小川監督は三島まで練習を見に行き「周りは期待しているから怒っているんだ」と声を掛け、話を聞いた。「おれが責任を取る」。小川監督が掛けたその言葉はサイモンを勇気づけた。

 留学生ランナーとしての先輩になるデビット・カリウキ(山梨学院大)の記録を3年ぶりに11秒更新する区間新記録。腰痛を抱え、決して本調子ではない状態での驚異的な快走は、小川監督の励ましの言葉が引き出したものだった。

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